痛みを痛みとして受け止められる人間でいるために
身の回りの環境が目まぐるしく変化している。
それに伴って、気づかない間に自分も変化している。
半年前と比べても、普段会う人、考えていること、使う語句、好んで食べるもの、好感を持つ街、全てが変わった。
自分を形成する環境が変わり、必然的に自分も変わる。
このような変化を喜ぶようになったことも、変化のうちの一つだ。
変わりゆく環境や自分に戸惑い、安心感を感じる環境が個人の意思とは別に変容していく様を、寂しさを持ちながら受け止めていた私が、
今は友人と、その変化のおかげで現在があると噛み締めながら酒を啜っている。
どうせ変わるものならば、受け止めた方がやりやすい。
しかし今の自分の変化への乗りこなし方は、そのようなものではなく、もう少し本能的に変化への喜びを持ったものな気がする。
昔の自分の日記、特に高校生の頃に書いたものを読んでいると、繰り返し書いている考えが一つある。
自分の考えや自分を取り巻く環境は必ず毎秒変化するもので、ならば自分もその目まぐるしい変化に合わせて考え、学び続けなければ最適で居続けることはできない、というもの。
高校生なりに、学びへのモチベーションを定義付けていた考えが、今の自分に一周回って響く。
ハタチを超えて、耐え難い自分の存在や人々の軽さに、"とはいえあくまでも楽しく生きる必要がある"と折り合いをつけ、現実世界の楽しみを手元に集めることができるようになった。
しかし、公共性なんてものが現実には存在しないことや、資本主義が世界を個人が感知できるレベルで蝕み続けていることに一度気づくと、
現実の楽しみが全て逃避のように感じられ、体に染み入らない。
コロナ禍に培った怠惰な思考や遊び、習慣は、そのようなものから一時的な快楽に逃げ気づかないようにするためのものだった気がする。
そして今24歳になり、目を逸らし続けた自分のライフワークや苦い考えと向き合う覚悟が決まったのかもしれない。
19から5年間、かなり長い間さまざまなことから逃げ続けてしまった。
夏に明確に覚悟を決め、様々なことに向き合った瞬間、わかりやすく世界は変化した。
曇っていたメガネが一気にクリアになるように、急に動けるようになった。
必要のなかったものを整理し、向きあうべき課題を自分の前に置く。
それだけで幾分か自分に対しての耐え難さが軽くなったような気がする。
あくまでも自分は人間なので、世界のことも社会のことも、自分の尺度でしか動くことができない。
しかし社会のためになるかもしれないことを自分がしていると心地いいから、という人間らしい通り道を経て、自分が動けているなら、その人間臭さも愛おしい。
自分に対して持つ課題感に向き合えている期間は、他人のことも、きちんと他人として見ることができる。
遠すぎず、近すぎず、かすかな暖かさを感じられる程よい距離感。
世界と自分を愛しながら生きるために、今日も私は自分の見るべき現実に向きあう、腰を据えて。
モニョモニョとした生活の中の感情(状態:未解決)
分からないことに対して無意識下で湧く嫌悪感の存在を小さい頃から感じている。
読んだことのない漫画、話したことのない友人、食べたことがないもの、行ったことのない県、等。
ただ一歩足を踏み入れれば、どうってことない。
想像もしていなかった豊かな体験やストーリーに感銘を受けることがほとんど。
知らなかった時に持っていた嫌悪感がいかに的外れなものか、都度思い知らされる。
しかし人間の防衛本能なのか、こうした体験を繰り返していても、無意識のうちに湧く知らないものに対しての嫌悪感は無くなることがない。
また、小さい頃から親に刷り込まれていた様々な両親にとっての“当たり前”を抱えながら生活していることを意識し始めてからは、その嫌悪感にもある一定の方程式のようなものが存在していることに気づいた。
私は小さい頃から人が亡くなっているニュースを見ても心を痛めることができなかったり、特定の国を第三カ国として認識しており、その考えをどう抗っても捨てられなかったりする。
こうした自分の思考のクセを感じるようになった時、社会や親によって生まれたであろう歪んだ当たり前を、きちんと自分で獲得した意識的な考えで塗りつぶしていきたいと思い、勉強を始めた。
それが中学生の頃の話であり、ここまで勉強をたまにサボったりしながらも、自分の持つ色眼鏡に対して理性で対峙し、行動することがだいぶできるようになったと思う。
しかしこのようなことは私が時間や金銭、周りの環境的に恵まれていたからこそできたことであり、同世代の人間が全員私のような道を歩んできたわけではないことも承知している。
最近は参院選が始まったこともあり、様々なことを考えている。
他の国と同様、日本にも排外主義的なポピュリズム政党が台頭し、存在感を見せている。
生活の中で持っている真っ当な負の感情を、わからないこと・知らないこと・想像がつかないことに対しての恐怖や嫌悪で覆い隠し扇動するその様子に私は恐怖を感じる。
しかし同じくらい、分からないことに対峙する際に必要なエネルギー量の大きさも知っている。
私は友人全員に対して、このエネルギーを割いて生活することを強要することはできない。
ましてや政治に期待するな、全ては自己責任だと刷り込まれてきた私たちのような、新自由主義にどっぷり浸かった世代の人間の大部分は政治自体にも分からなさという恐怖を持っている。
では、私が、私たちができることは何があるのだろうか。
まずはじめの一歩目として私が考えるのは、分からないことを分からないまま、苦しいことを苦しいままに保持すること、またそこから発生する焦燥感をそのまま認識し、受け止めることなのではないか。
そうした一つ一つの分からなさや苦しさは、何か他の感情で覆い隠したとしても解決するものではない。
自分の持つ耐え難い感情には、娯楽も怒りも長期的には意味をなさない。
私は自分の持つ思いを広めたいわけでも、同じ政党に投票しようと呼びかけたいわけでもない。
ただ、周りの友人や同世代の人間がみんな、自分の生活の中にある様々な感情をピュアに持つことができる、またその感情を守り、シェアできる社会を望んでいる。
誰かの大きな怒号に巻き込まれることなく、そうした土壌を作るには、私たちは話し続け、考え続ける必要がある。
生の感情を持ち、またそれを外に出すことが憚られるからこそ人は嫌悪感や怠惰さに身を任せてしまう側面があるように感じる。
まずは自分自身に対して、次は隣にいる人間に、自分の生の感情に向き合う時間と余裕、安心感がある状況を、どうにか私は作っていきたいと思っている。
YouTubeを始めた
YouTubeを始めた。
一番意外だったのは、自分が自分をキャラクター化し、ある種の道化として振舞うことに、そこまでの嫌悪感を抱かなかったことだ。
もちろんカメラを回して話している自分も、本来の自分の人格の一部ではある。
しかし、そうして一部だけを切り取り、人においしく食べてもらうことに対して、私は自分が嫌悪感を持つだろうなという予想をしていた。
YouTubeを始める、というトンデモ選択をできるようになったことにも表れているように、私は既に自分が思っているよりももっと確実で大きな自信を獲得しているのかもしれない。
しかし自信そんなに一元的に測れるものなのだろうか。
社会では自分に自信があることが、まともな人間として生きる上での必要不可欠な要素として語られている。
しかし自分に自信がない状態での行動はすべて甘えですよ、といった類の空気感がどうにも苦手だ。
人よりも不安を持ちやすい私は、一年ほど前まで、自分が居心地の悪い感情を持つ度に、どうして今自分は不快なのか、どうしてこうした状況に陥ると自分は不安を感じるのか、今の状況を嫌悪することに繋がった自分の持つコンプレックスは何なのか、こうしたことを考え、ノートに書いていた。
結果的に慢性的に病んでいたし、いわゆる自信がない人特有の行動もとっていたように思う。
しかし当時の私は、自分の持っている感情すべてに向き合い言語化をしないことは怠惰なことだと感じており、こうしたことをすることによって起こる痛みを引き受けていた。
こうした習慣が劇的に変わったのは明確に一年前で、日常的に感じていたストレス因子との決別がある。
そこから徐々に、安定的にストレスのない状況にいる時の自分の動け具合を安定させたいという気持ちが生まれ、
内省もある一定ラインを超えると自傷行為でしかないことを認識し、脳内にあふれる言葉から意識的に逃げる機会が増加した。
そして今、人から自信ある人だ、という認識を持たれることが増えた。
しかし、本当に私は自信がついたのだろうか
思うに、今の私は自分の能力や社会的な価値を確信している、というよりも、自分を何か劣った存在だということを考えてしまう癖を完璧にコントロールできるようになった状態のように感じる。
実際にコンプレックスは挙げればきりがないほどにあるし、自分の容姿や服装など、気に入らない点も無限にある。
しかし日常の中でやりたいことが無数にある以上、そのようなことを考えてる暇はないに等しく、また、気力・エネルギーがわきやすいポジティブな事案で脳内を溢れさせておくに越したことがない。
結果、今の私はbratを聴きながら化粧をし、euphoriaを見て友人と大声で恋バナをする、といった、とにかく刺激的で自己中心的になれそうなコンテンツにまみれた日々を送ることによって、肩で風を切れる日の割合を増やしてきた。
そして、そんな日常を送ることができている自分というものへの信頼を獲得した。
しかし自分の暗い気持ちをストイックに言語化していない今の状態に対して、とんでもなく怠惰なのではないか、ドーパミンで麻痺させて自信を錯覚しているだけなのではないか、というようか不安感は確実に存在する。
それでもエネルギーを持ち楽しいモクで生きるという目標に対してストイックに日常を送れている自分に対しての信頼が生まれているので、こうした不安は根本的に自分が崩れてしまうような大きなものではない。
世の中で自信があると扱われている人の内のほとんどが、自信がない自分と日々向き合い試行錯誤している人なのではないか、と思う。
耐え難い自分の存在に向き合い、その上でより良い生活を送りたいと動いている人との言動は、説得力がある。
私もそのように、自分の足りなさをポジティブなエネルギーに変換して動き続けられるように努力していたい。
たまに友人の前でみすぼらしい自分をさらけ出すことができていれば、私だってやれている感じを出せる気がする、いや出せていると思う。
耐え難い自分だって一人で抱える必要はないし、そんなことを考えないように逃げ出すことだってしても良い、全ての自分の考えから逃げているわけではないからだ。
こうした逃げによって自分の脳内の熟考全てを辞めずに、必要な部分だけ向き合うことができていれば、自分にストッパーをかけることなく人生を走り続けることができる気がする。
この私は果たして、自信があるのだろうか、ないのだろうか。
分からないが、確実に言えることはひとつ、私は今、人生がはちゃめちゃに楽しいということだ。
ままならないままなるままならない
楽しくなったり楽しくなくなったりしている自分に対して、滑稽だな、と感じる
数週間、数ヶ月かけて取り戻した安定的に好調な気分も、社会生活の中にあるちょっとした出来事によって簡単に壊される
体の中で何が起こっているのかわからない
ずっと何かがおかしい、何かがおかしいと思っていたら生理が来る
何も楽しくない、なんで、と思っていたら熱を出す
自分の気分の手綱を持つことができていない
それでも動く、よかった バイトならいける
不完全な自分のまま笑う
それが嫌で特定の友人としか遊ばなくなった
夏の、1ヶ月で何十人と遊ぶ自分が思い出せない
季節だけではなく、私も冬
天気や気候のせいにしたくない
そういったものに振り回されてたとしても、それでも元気な自分をやることはできるはずだ、どうにかしたら
満月だから体調が悪い、水星?が近いから調子が出ない
こういった類のことを聞くとイライラする
自分の不調の因果関係を他に持ってくることで、不本意な自分の存在を肯定しようとしていませんか
したいです、私も
したくないです、私は
別に社会でうまくやりたいとは正直思わない
ただ楽しく行きたいだけ
楽しいモクの人生
なのになんで就職しようとしてるんだろう
なんでより多くお金を得られそうな企業を選ぶんだろう
楽しいモクだから
不安があったら楽しくなれない
自分の楽しいに責任を負わなければいけない
社会の人っぽいことを自分が考えている
違和感
定職に就いている友人と就いていない友人の顔が交互に頭に浮かぶ
どちらの仲間にも入れない
なんとかなる気がする時はなんとかならない
なんとかなるかな、って思っている時点でその物事はだいじょばない状況にある
ただ爆裂な楽しさとワクワクで体の中を満たしたい
昨日まで満ちていたとして、明日も満ちている保証はない
楽しさとワクワクで体を満たすには、努力が必要だと最近気づいた
思考の中、己と向き合う努力ではなく、社会とのすり合わせの努力
だって楽しさとワクワクは、社会の中で得られるものだから
後者の努力を自分がしたことないことに気づく
こんなの誰もやってなさそうなのに、目を凝らすとみんなやっている
私は気づかないふりが上手
無条件に楽しさとワクワクで体を満たすことができる時期がこどもで、努力が必要なのが大人、
大人になりたいとか、まともな社会人になりたいとは思わないけど
でも体を楽+ワクで満たしたいから、大人になる
自分を自分でコントロールできる、大人になる
一般的に模範とされる人の生き方を求められ続けていると、それができていないだけで不安になる
社会に存在を肯定されて初めて、楽+ワクを得ることができる
社会のはみ出し者になる勇気がない私には、必要な努力
向いていないのにね
当たり前のように親元を離れる決断ができる友人が羨ましい
当たり前のように資格の勉強をコツコツとする友人が羨ましい
その時その時の爆発的な興奮に全振りしてきた私には鋭いエネルギーはあっても重厚感のあるエネルギーがない
最近ずっと自信がない
自分自身には自信がある、これからこの社会でやっていく自信がない
なんで私はこんなに一挙一動が重いんだろう
まともを求められないどっか遠いところにある星にビュンって飛んでって、その星のNSCみたいなところに入って辞めたいな
地球人からみたゴニャゴニャ星、みたいなエッセイでも書いて、生活をして、爪の先まであったかい血液を行き渡らせたい
思えば自我が芽生えてから今までずっと、母親には普通になってと言われ続けてきた
普通って、なんですの
生活の感想
ダイソー目的で近所にあるショッピングセンターに行く
多分もう10年近くは行っていない
19時半ごろに家を出たので21時の閉店時間を前に急いで歩く
普段ショッピングモールというものに全く行かないので、若干ワクワクする
よく通っていた小学生の頃に比べて全く様子が違う
服屋が減って保険とかジムとか、そういった類のテンションが上がらないテナントが増えている
閉店時間が近いので歩いている人が全くいない
しかし廊下部分に無造作に置かれた多くのソファには必ず1人誰かおじいさん〜おじさんが座っていて、変な感じ
近くの集合住宅に住む、家に居場所がないおじさんたちが集まってきているのかな、と勝手に想像する
ダイソーのアプリで調べたところ、目当ての商品の在庫があるっぽい
トレカのホログラムスリーブ
しかしなぜか、スリーブがおいてある場所が推し活コーナーと文具コーナーに分散しており見つけるのに苦労する
閉店作業に忙しそうな店員さんを呼び止めるのも気が引けて根気で探す
どっちのコーナーでもない隙間に目当ての商品を見つけ、ちょっとした宝探しを成功させた気分
iPhoneの定規アプリを使って目当てのサイズのスリーブを探す
現代ツールに生かされている
以前買ったスリーブがちょうどよく、追加で購入しにきたが、柄は同じでも絶妙にサイズが違い戸惑う
ここまできたら手ぶらで帰るのも悔しい、とりあえず一番持っているものにサイズが近いそれを、在庫あるだけ買った
ダイソーは行くと必ず少しテンションが上がる
お菓子コーナーや玩具コーナーを無意味に眺めた
小学生の頃の感情や感覚を少し取り戻せる時間
閉店まで時間は意外とまだあるし、と本屋に寄る
パーソナラーズされたおすすめ情報ばかり目にしているので、本屋は社会と自分の興味を相対化できる良い場所
エッセイのコーナーに行ったら半分以上が高齢者の不安に寄り添ったもので、びっくりする
少子高齢化を本屋で実感
ソファでおじさんが大量に座っている様子を見るに、ここのショッピングモールはおじおばしか来ないのだろう
確かに渋谷・新宿などの都心に出るのにそこまで時間がかからないこの地域で、買い物の際に近所のショッピングモールを選ぶのはおじおばだけなのかもしれない
いつも好みの古本屋で馴染みの平置きを見ているので新鮮な気持ち
ここでは何が平置きされているのかなーと眺める
高齢エッセイ以外は食事・ご飯エッセイが目立つ
テレビではご飯番組しか伸びないから、とご飯番組ばかり放送しているし、YouTubeでも多くの人が食べてみた動画を載せている
まさか活字にもこの波が・・・!
私も檀一雄や安野モヨコのご飯エッセイをキャッキャと読んでいる身なので、確かにこの本棚の示す流行と同じ嗜好をしている
くどうれいんと松橋裕一郎のエッセイが欲しかったが、いやこんなんばっか読んでるしな、と我慢
あとハードカバーの本は意外に高い
毎回新鮮にビビる
倉本聰のエッセイは買いかけた
自分から遠い人間のエッセイを読むとたまらない気持ちになるし、いわゆるって感じのおしゃれな表紙ばっかりの棚に硬く佇む渋い装丁の新・富良野風話にすごく惹かれた
流石に2000円はなーと思ったので来週日比谷図書館に本を返しに行った時に借ることにする
最近のトレンドやムーブメントについて解説している本を何冊か見つける
全て著者は竹田ダニエル
知らない
私のこと、どう解説されてんのかなとパラパラめくる(Z世代としての自覚あり)
チャラい装丁が気の毒に思えるくらい中身は真面目で、自分にとっても同感できるものが多く驚く
ネオ!カワイイ!ベーパーウェーブ!みたいな表紙の本は大体がかなり最悪なので、こういう見た目できちんと検証している本があるのか、と思った
まあ多分フェミ本全部表紙ピンク、みたいなことなんだろう
エッセイコーナーに置かれているのも、気の毒だ
社会学棚が一番最適なはずなのに、出版社と折り合い悪いのかなとか勝手に想像した
大学図書館にあったら暇な時読んでいただろうけど、自分では買わないなー、と本棚に戻す
結果コミティアや文学フリマで買ったたくさんの積読があるので、ふむふむと言うだけ言ってエッセイコーナーはスルー
新書コーナーを眺める
歴史物が多い
ここにも小さな少子高齢化が
外国人作家の本棚が歴史物に大幅に侵略されていた
外国人作家ってあんま読まないなーと思いながら眺める
アゴタクリストフの第三の嘘を含めた三部作が最後かもしれない
三体は挫折した
読んだらとんでもなく面白いことはわかっていても装丁になかなか惹かれない
百年の孤独を見つける
新潮社でバイトしているので、この本が文庫化した時、小さくお祭り騒ぎだったことを思い出す
遅読であることと、読み切り率が5割ほどとかなり低いことで、読書に関してずっと自信がなかったが、最近は買った本を全てそこそこの期間で読み切れており、なんだか自信がついた
さらに、興味をあまり持たなかった純文学のジャンルの本を何冊か楽しく読み終えたばかりだったこともあり、エッセイコーナーであんなに金額に悩んだのが嘘だったかのように百年の孤独をヒョイと買った
最近は携帯を使っている時間を苦しく感じるので、本にかなり助けられている
次の相棒が決定した
来た道とは違う道を使って家に帰る
来る時は沈んだ気持ちだったけど、結構元気が出た
1人で生活の買い物をしている時間は好きだ、自分とただし距離を取ることができる
浪人中に唯一の娯楽としてお世話になった銭湯が潰れていた
この道にあったはず、と思っていた道を通り過ぎてもなかったので、調べたら閉店と出てきた
最近は行ってなかったので悲しむ権利がない
悲しい
いつも行くと同じおばあさんたちがいたことを思い出す
近所にはそこそこ遠くまで行かないと銭湯はない、あのおばあさんたちの悲しみを想像する
人前で全裸になることが小さい頃から大嫌いで、家族とすら温泉に行けなかったガキ時代を過ごした私が大浴場の気持ちを良さを知ったのはこの銭湯だ
以来、異性とだったら一緒に温泉とか銭湯に行けるようになった(異性だと一緒に風呂に入る必要がないので嫌度が低い)
ありがたいね
さいなら
短か日記シット
言葉を使って人に自分の相手に対して持ってる愛情を表現する方法は2通りのると思っている
一つはいかに相手が自分にとっていかに最高なのかのということを、2人で持っている共有言語を豊かに使い伝える方法
二つ目はデカい普遍的な愛の言葉を使い伝える方法だ
私はとにかくこの後者の方法が苦手だ
社会的に使われている言葉の中で比較的愛重めに扱われている言葉をとにかくぶつけられているだけで、自分と相手の間にある距離感や関係性が無視されている感じがする
無礼だ
ドイツ人とデートしている期間に、肘をキスされたあとにキュートエルボーと言われたことがある
マジで死ねって思った
ガキ産む予定ないけど、自分にガキがいたとして、私のTwitter見たらどう思うかなと考える
親のSNSは何だって嫌だけど、親は神ではなく一不完全な人間である、ということは早めに認識するに限ると思う
自分のTwitterが最悪なことに自信を持ってホレホレ、これがお前の親や!と見せつけたいという結論に至る
でも親と友達みたいな関係、ぶいぶい!は本当に殺してしまう案件なので、私のガキには圧倒的な言語化力で差をつけ、プラットフォームは同じでもテメーとの立ち位置は同じじゃぁねえんだゅ、と思わせる必要がある
めんどくし、ぜってー産まねー
小学生の時、休日に行われた学校附属の公園での焼き芋大会で食べた、太い棒に生地を巻き付け、直火で焼いて食べるパンが今でも忘れられない
あと、もうなくなっちゃった四川出身の家族がやっていた中華、中でもナスの山椒揚げの味が忘れられない
ピンポイントでハイライトになるような味覚がある
20を超えてからそういう味覚に出会うことは減ったが、昔出会った忘れられない味は今でもずっと心に残り続けている
弱くなったりもする
1月2日です
1月1日は親戚同士の喧嘩に揉まれ、消費尽くして散々だった
コロナ後の抑うつと合わせて久しぶりに精神の目に見えた翳りを感じたが、松下と電話してかなり回復した
親戚になじられた後だと、いつもの松下の声のトーンと言葉の選択が本当に優しい気持ちの込められたものだと気づく
一言一言があったかくて、噛み締めるようにウグスィーと泣いた
それでも親戚からかけられた侮辱的な言葉が頭で反芻され、心拍数が嫌に高くなってしまい
朝7時になっても眠気はこなかった
次の日の予定を考えて寝なければ、とASMRを聞いたら意外と即座に寝れた
本当にささやきASMRには感謝しなければいけない
もう23だし、消耗すると分かりきってる親戚の集まりにも行かないという選択をできるはずだ
なのに私は、私が出席しないことで母がなんやかんや言われる可能性や私と会うことを心待ちにしている従兄弟の存在などアレコレ考えて出席してしまう
行かないという毅然とした自己を守る選択をできない自分がまた恥ずかしく、嫌な気持ちになる
親戚といることを自分で選択しているのに、インスタで友達といる人たちを見てまた凹む
31から3くらいまでは家族イベントにもまれるので、この期間は自分に友達がいないような気分になる
みんな遊んでるのに、、私は
こんな気持ちになっててもしょうがないので、早めに池田さんとかと飲みに行きたい
大好きな友達に会いたい
なんで私は毎年自分をしょうもないガキとして扱う人と会うことを選択してしまうんだろう
来年は行かない、来年は行かない、、
自分の弱さが嫌になる
8時前に寝たので12時のアラームがきつい
起きてもまだまだ精神は暗く、うーんという気持ち
母親がドタバタと支度をしている
1時間ほどベットでモニョモニョとし、起床
起きればなんとかなる
化粧をしながら永野とくるまの引っ掛かりニーチェを見てたらなんか元気になってきた
ドタバタと家を出て大手町でお年賀を買う
乗り換え時間は20分しかないのに、その時間で駅近の店を見つけてお菓子を買わなければならない
かなりのミッション
しかも指定席券を買ってしまっているせいで逃したらかなり痛い、いやはや、わくわくする
駅直結のホテルにsweets&deliを発見
即座にクッキー缶を手に取り購入
二つ必要だし、とケチって3000円のにした
即座に梱包してくれた店員さんのおかげで電車に余裕で間に合う
私の肌から急いでる人特有の湯気とか出てたのかな?
ロマンスカーでは通知をオフにして本を読む
普通の電車とは違い、指定席はここにいることを認められている感覚があり気持ち良い
ふと見える外の景色が、あまりにも生活で、心にグーンとくる
景色の中にいる人たちを眺めながら、いやー朝辛かったけど動いてよかったなーと思う
お正月でもない限りロマンスカーに乗って成城の景色を眺めることはないし
なんか悪くないなー
KIRINJIを久しぶりに聴いた
優しいけど優しくない気持ちになる
やっと私が戻ってきたのかもしれない
乗り換えて、日記を書く